4.笑う

 玄関の扉を開くとき、私はゆっくりと息を吐いた。重い扉を開ける。
「ただいま」
 そうリビングに向かって声を掛けながら靴を脱ぐと、母の声で「おかえりー」と返ってくる。二階から聞こえてくる物音で、なるほど咲也は部屋にいるのか、と思った時、階段を下りる音がして、私はその前で足を止めた。
 私に気づいた弟は足を止めて、私は三段上にいる彼の眼をみた。しかし、視線は逸らされる。少し沈黙が続いて、それから弟は「落ちた、高校」と言った。
「あー、それは、お母さんからメール来たから」
知ってる、と私が返事をすると、弟はさらに気まずそうな顔をした。
「お母さんになんか言われた?」
私が訊くと、弟は「いや、」と呟いて、
「ただ、姉ちゃんにはちゃんと言おうと思った、だけ。……いや、父さんにも言うけど、ちゃんと」
 それから視線をそわそわと動かしながら、小さな声で、でもはっきりと、「俺、頑張るから」と言った。聴こえた。私も「頑張れ」と呟いた。それは弟に届くか届かないか程の小さな声だったが、確かに私には聴こえた。
 弟はもう私には何も言わず、居心地の悪そうに私の横をすり抜けてリビングに向かおうとした。その背中に声を掛ける。
「まあ、結局」
 自分でも予想していた以上に大きな声が出て、弟も振り返った。視線がぶつかる。その怪訝そうな、不機嫌な顔に向かって、にやり。
「自分は自分、だよねえ」
 なんだよそれ気色わりい、と呟く声を無視して階段を上がる。そして、私も今なら部室のホワイトボードに優しい言葉を書ける気がして、何もかもを謝れる気がして、それからもう一度、私は笑った。