日曜日

 部屋のカーテン開けなさい、と母に言われてカーテンを開けると、眩しいくらいの日光が部屋の中に差し込んできた。
 今日、由紀も誘っていい、と母に訊いて、由紀にメールすると、「ごめん、お姉ちゃんが熱出したんだって」と返ってきた。ああそういえば、由紀にも大学生になる姉がいたんだ、と思い出す。
「お母さんの知り合いはねえ、一番最初なんだって」と母は化粧をしながら言った。何時からなの、と訊くと、一時からよ、一時に開場、と返ってくる。父は相変わらずしかめっ面でソファに座って新聞を読んでいた。お父さんは行かないのかな、と美里は思ったのだけれど、「お父さん、準備は終わったの?」と母が訊いた時、「ああ」と低い声で父が頷いたので、ほっとした。
 美里はお気に入りのジーンズとシャツを着て、肩くらいまで伸びた中途半端な髪を結んだ。
「ほら美里、始まっちゃうでしょー」
 母の声が聴こえて、まだ一時間もあるじゃん、と心の中で返事をする。駅前のライブ会場には車で三十分もあれば余裕で着く。結んだ髪をそわそわといじりながら、美里はそっと息を吐いた。

 父の車に乗せられて着いた会場の中は薄暗く、人もまばらだった。携帯で時間を確認すると、まだ開場して五分しか経っていなかった。どうやら無名の素人バンドのコンサートらしく、ここに来ているのも出演者の家族や友人がほとんどのようで、もっと派手なライブを想像していた美里は少しがっかりした。
「ほら、前行こうよ、前」
 そんな美里の気持ちも知らず、母が楽しそうに手を引く。はいはい、と美里はついていく。黙って父が後ろを歩く。
 時間が経つにつれて、人も少しずつ増えてきた。満員、とまではいかないにしても、まあまあいるんじゃない、くらいはいる。美里より背の高い人が多いので、頭と頭の間を背伸びしなくてはステージが見えなかった。
 びー、とブザーが鳴って、じんわりと会場が暗くなる。密度と暗さで美里の視界は一度、ぐらり、と揺れた。
 少し時間を置いてから、ステージの上に赤いライトが差し込んだ。続いて、黄色、白、また、赤。色の帯が交差してステージ上を駆け抜ける。きれいねー、と母が呟くのが聞こえる。父が頷くのが分かる。
 ライトが大きく点滅して、会場中にドラムの音が響き渡った。それに合わせて、美里の心臓が揺さぶられる。
 ぱちん、とステージが一気に明るくなる。目がちかちかしてよく見えない。ギターの音、歌声、ベースの音、が一気に流れる。聴いたことがあるようなないような音楽と、ちょっぴり特徴的な声がステージの上を跳ねる。
 目がだんだん慣れてきて、ステージ上の人たちの顔が見えてくる。みんな若い男の人だ。どの人が母の知り合いなのだろうか。ボーカルはぼさぼさの長髪、ベースは柄の悪い顔、ドラムの髪が真赤に見えるのはライトのせいだろうか。ギターは……。
「あら、あのギターの人、かっこいいわねえ」
 母がわざとらしい口調で言う。さすが、私たちの息子ね、と。父は何も言わない。しかし母がなんども、ほら、ほら、と腕を引っ張るので、父もやっと「そうだな」とだけ言った。美里は思わずにやり、と笑った。
 その時、人ごみの前方に、塚田の姿を見つけた。あ、と思った時にちょうど塚田も振り向いて、目を少し見開く。
「なに、松井も来たの」聴き取りづらいが、そう塚田が言ったのが、口の動きで分かる。「うん、そう」美里も頷いて、それから「あのギターの人、」とステージ上を指さした。塚田の顔が一度ステージに向く。そして美里の方を再び向いて、なに、と口を動かす。「私の――」精一杯声を張り上げたつもりだったが、美里の声はギターの音にかき消されてしまった。あのバカ兄貴、と内心毒づく。
 しかし塚田は美里が何を言いたいのか分かった様子で、またステージの方を見てから、美里の方に顔を向けて、へえ、そう、と頷いた。そして言う。「かっけーじゃん」
 ありがと、と言った美里の声もまたギターの音にかかってしまう。邪魔しないでよ、と思わず睨んでしまい、それを見た塚田が笑うのが分かる。なんとなく、ステージ上の兄も笑った気がした。
 それが合図だったのか、ギターのソロパートが始まる。うねるようなギターの音に夢中になって、精一杯、美里は拳を掲げた。
 握った手の中が、熱くなる。