ユメクイ
あたしの中にはさあ、バクが住んでるわけよ。
衣替えを控えた秋晴れの下、薄いスカートのチェックを透かして屋上で浅田京子はそう言った。僕は弁当を脇に置いて、浅田京子にパシられたペプシコーラを差し出す。さーんきゅ、と受け取った手は白くも黒くもなくありふれた肌色だった。
『お昼の放送の時間です』
ぷしゅう。校内からノイズ混じりで聴こえてきた声をペプシのため息が遮断する。浅田京子は薄く笑った。ペプシの黒い缶片手に校庭を見下ろす風景がよく似合う人だと、僕は思う。
で、バクが何なんですか。とは聞かなかった。次、英単あるんすけど、とだけ代わりに呟いておいた。教室から持参した単語帳をこれ見よがしに開く。あらそう、と浅田京子が興味無さげに吐き捨てたのとほとんど同時に単語帳から白い紙が落ちた。
「なにそれ」
「進路希望調査、です」
ふうん、と一言やはり興味無さげな音。
「二年はねえ、まあそこそこだなあ」
高校で一番偉いのは一年で、次が二年。最後が三年の屑共なのよ。それが浅田京子の自論で、その根拠を僕はまだ知らない。案の定浅田京子は得意げに自論を繰り返し、「あたしも立派な三年の屑なんだよ」と笑ってみせた。
「それで紙飛行機、折ってみたら」
笑いながらどうしようもないことを言うこの人をどうしようもなく愛おしいとふいに僕は思った。らぶあんどぴーすのぴーす寄りで、愛おしい。と、思う。
いやですよ、と首を振る僕に「いーじゃん、青春だよせーしゅん。べんきょーぶかつにこいとえろだってば」と浅田京子はせがむので仕方なく。
『今週のリクエスト曲は、――です』
風に乗せて、ふあり。屑共のいない校庭へと落ちていく。
あー、そうそうさっきの続き。あのねえ。あたしの中にはさあ、バクが住んでるわけよ。だから、
「何ですか」
あんたの夢、食べちゃいたいの。
高校で一番偉いのは一年で、次が二年。最後が三年の屑共なのよ。
「何でかってそりゃあ、可能性のある順だからねえ」
進路希望調査と書かれた紙がその希望の重さに耐えかねて静かに飛び降り自殺する光景が僕の脳裏にフラッシュバックする。
「あたし、上京するから」
浅田京子の右手に握られたペプシの缶が眩しすぎて、僕は何も言えなくなる。風に乗って、ふあり。僕は今、この人の薄いスカートをめくってやりたい衝動に駆られているのだ。僕より一年早く屑になったこの人が、僕より早く可能性を失ってしまったこの人が、ただ当ても無くどうしようも無く、僕は愛おしくて堪らない。
「だからあんたも、来るのよ」
あんたの夢、食べてもあたし独りじゃ消化できない、気がするの。
一年後、屑になった僕はきっとこの人のそばに行ける。
浅田京子のそばで、ずっと夢をみる。
(Fin)
大塚愛『ユメクイ』